給食の鯨の唐揚げはいつまで?消えた理由と現在も食べられる地域
昭和の学校給食を象徴するソウルフードとして、今なお多くの人々の記憶に刻まれている「鯨の竜田揚げ」や「鯨の唐揚げ」。戦後の食糧難の時代から高度経済成長期にかけて、成長期の子どもたちを支える安価で栄養満点なたんぱく源として、全国の献立表の主役に君臨していました。しかし、ある時期を境に給食の現場から忽然と姿を消し、世代間で「食べたことがある・ない」の境界線がくっきりと分かれるメニューとなっています。
「給食の鯨肉は一体いつまで提供されていたのか?」「なぜこれほど身近だった味が急激に消滅したのか?」——その裏には、国際政治の激動、環境保護をめぐる外交問題、そして日本の食肉流通の近代化という構造的転換がありました。本記事では、学校給食における鯨肉の導入から衰退までのタイムライン、献立から消えた決定打、さらには2026年現在も鯨の給食が受け継がれている地域の実態まで、公的記録と現場の取材知見をもとに徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:給食の鯨肉が全国で日常的に食べられていたのは1980年代前半(昭和50年代末期)までであり、1987年の商業捕鯨モラトリアム本格化を機にほぼ姿を消した。
- 要点2:消えた直接の要因はIWC(国際捕鯨委員会)による捕獲規制に伴う鯨肉の供給減と価格高騰だが、豚肉や鶏肉の大量安定供給と食の多様化も重なった。
- 要点3:現在も完全消滅したわけではなく、山口県下関市や和歌山県太地町など「捕鯨の伝統を持つ地域」では、郷土食育の一環として年数回の提供が継続されている。
【年代別年表】給食の鯨肉はいつからいつまで?昭和から令和への変遷
「鯨の唐揚げ」が学校給食にいつ登場し、いつ頃まで出されていたのかを正確に把握するには、戦後の学校給食制度の歩みと国際情勢を照らし合わせる必要があります。
給食に鯨肉が導入されたのは1946年(昭和21年)末頃のことです。第二次世界大戦後の極度の食糧難に直面していた日本に対し、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が南氷洋捕鯨の再開を許可したことがすべての始まりでした。牛や豚の飼育基盤が壊滅状態にあった当時、鯨肉は子どもたちの飢餓を救い、深刻な栄養失調を防ぐ「国家的な命綱」として給食に採用されました。
最も消費量が多かったのは昭和30年代後半から昭和40年代(1960年代〜1970年代前半)です。文部省(現・文部科学省)や日本学校給食会の統計によると、昭和30年代末には学校給食で使われる肉類の大部分を鯨肉が占めており、児童1人あたり年間数キログラム以上が消費されていました。
| 年代区分 | 給食における提供頻度・実態 | 主な調理法・定番メニュー | 社会背景・流通の転換点 |
|---|---|---|---|
| 昭和20〜30年代 (1940〜50年代) | 週に1〜3回 主たる動物性たんぱく源として常時提供 | 鯨の竜田揚げ、鯨カツ、大根と鯨肉の煮付け | 戦後の食糧難救済。GHQによる捕鯨奨励と安価な供給 |
| 昭和40年代 (1965〜74年) | 月2〜4回 定番おかずとして不動の人気を誇る全盛期 | 鯨の竜田揚げ、鯨のノルウェー風、オーロラ和え | 学校給食の普及完了。調理工夫が進み洋風味付けが定着 |
| 昭和50年代〜60年代初頭 (1975〜87年) | 年数回〜激減 1980年代前半を境に日常メニューから脱落 | 鯨の竜田揚げ(特別献立扱いへ移行) | 1982年IWC商業捕鯨モラトリアム採択、1987年商業捕鯨停止 |
| 平成〜令和(現在) (1989〜2026年) | 全国的提供は消滅 一部地域で年1〜数回の「郷土食育」として提供 | 鯨の竜田揚げ、鯨肉の甘辛揚げ(イベント献立) | 2019年日本のIWC脱退・商業捕鯨再開。高級食材・伝統食文化へ |
結論として、「全国の小中学校で日常的なおかずとして鯨の唐揚げが提供されていたのは1980年代前半(昭和50年代後半)まで」というのが歴史的事実です。そして1987年(昭和62年)の商業捕鯨一時停止をもって、日常的な給食食材としての役割を完全に終えました。

なぜ給食から鯨肉が消えたのか?価格高騰と国際政治の決定打
かつて「肉といえば鯨」といわれるほど食卓に浸透していた食材が、なぜこれほど急速に給食現場から追いやられたのでしょうか。その背景には、単なる味覚の流行り廃りではない、3つの複合的な理由が存在します。
1. IWC(国際捕鯨委員会)による商業捕鯨モラトリアムの採択
最大の引き金となったのは、1982年にIWCで採択された「商業捕鯨モラトリアム(一時停止)」です。欧米諸国を中心とする反捕鯨運動の高まりを受け、資源保護の名目のもとで商業捕鯨の全面禁止が決議されました。日本政府は異議申し立てを行っていたものの、最終的に1986年に撤回し、1987年をもって南氷洋および近海での商業捕鯨を停止せざるを得なくなりました。これにより、年間数十万トン規模で出回っていた安価な鯨肉の供給源が一夜にして断たれることになりました。
2. 鯨肉の仕入れ価格高騰と給食予算の壁
供給量が激減した結果、かつて「最も安い肉」の代名詞だった鯨肉は一転して「希少な高級食材」へと高騰しました。自治体の限られた公会計と保護者が負担する給食費(1食あたり250円〜300円前後)という厳格な予算制約の中で、キロ単価が跳ね上がった鯨肉を定期的に調達することは財政上不可能になったのです。
3. ブロイラー(鶏肉)や豚肉の大量供給とコールドチェーンの発達
もう一つの構造要因は、国内畜産業の近代化と輸入食肉の解禁です。昭和40年代後半から昭和50年代にかけて、大規模な養鶏・養豚ビジネスが確立され、安価で良質な鶏肉や豚肉が安定して流通するようになりました。さらに冷凍・冷蔵輸送網(コールドチェーン)が全国に整備されたことで、鯨肉に頼らずとも十分な動物性たんぱく質を安く提供できる環境が整ったのです。
「硬くて臭い」vs「最高のごちそう」記憶が分かれる世代間ギャップの真相
同窓会やSNSの給食トークにおいて、鯨の唐揚げの評価は「驚くほど美味しかった」という絶賛派と、「硬くて噛み切れず、血生臭くて苦手だった」というトラウマ派に見事に二分されます。この極端な評価のズレには、時代背景に根ざした明確な技術的理由があります。
昭和30年代〜40年代前半に給食を食べていた世代の調理環境では、現在のような高度な急速冷凍技術や解凍設備が存在しませんでした。常温で長時間かけて解凍された鯨の赤身肉はドリップ(肉汁)とともに旨味が抜け落ち、酸化が進んで独特の獣臭や金属臭を放つ原因となっていました。また、給食室の限られた鍋で大量に揚げる過程で火が通り過ぎ、ゴムのように硬くなってしまうケースが頻発していたのです。
一方、昭和40年代後半以降は給食センターの設備近代化が進み、下味に生姜や醤油、酒をしっかり染み込ませてから片栗粉をまぶして揚げる「鯨の竜田揚げ」や、揚げた鯨肉にケチャップ、ウスターソース、砂糖を絡めた「鯨のノルウェー風」などの優れた調理技法が普及しました。味付けの工夫と揚げる技術の向上を享受できた世代ほど、「甘辛くてジューシーな最高のごちそう」として記憶している傾向にあります。

【実態検証】2026年現在も給食で鯨肉が食べられる地域と最新事情
「鯨肉は給食から完全に消滅した」と思われがちですが、実は2026年現在も特定の自治体では学校給食での提供がしっかりと継続されています。
日本は2019年6月末にIWCを脱退し、同年7月から自国の領海および排他的経済水域(EEZ)内での商業捕鯨を31年ぶりに再開しました。これにより、捕鯨文化を地域遺産として持つ自治体を中心に、「次世代へ伝統食文化を継承するための食育」として鯨肉給食が積極的に位置づけ直されています。
現在も給食で鯨肉を提供する主な自治体
- 山口県下関市:かつて「近代捕鯨の発祥地・基地」として栄えた下関市では、市内全域の小中学校において年に数回(主に11月の鯨肉の日や学校給食週間など)、鯨の竜田揚げやオーロラ和えが無償または特別枠で提供されています。
- 和歌山県太地町:古式捕鯨発祥の地として知られる太地町では、小中学校の給食に鯨肉やイルカ肉が定期的に登場し、地元の歴史と命をいただく授業がセットで行われています。
- 千葉県南房総市・鋸南町:房総の沿岸捕鯨の歴史を持つ安房地域では、ツチクジラを使った竜田揚げや生姜焼きが給食メニューに組み込まれています。
- 宮城県石巻市(鮎川地区):東北の捕鯨拠点として知られる鮎川周辺の学校でも、郷土の味を学ぶ特別な機会として鯨肉が提供されています。
- 東京都・長崎県などの一部自治体:捕鯨ゆかりの地域以外でも、食育イベントや「昭和レトロ給食週間」などの企画献立として、年に1回程度スポット提供する学校が存在します。
大人が「あの懐かしい味」を現在食べられる場所
大人になってから給食の鯨の唐揚げをもう一度味わいたい場合、以下のルートで体験することが可能です。
- 鯨料理専門店・居酒屋:東京・渋谷の「元祖くじら屋」をはじめ、浅草、大阪・道頓堀、下関駅周辺などの老舗専門店では、伝統的な竜田揚げや刺身、ハリハリ鍋が提供されています。
- 昭和レトロ系給食居酒屋:「学校給食」をコンセプトにした体験型居酒屋では、アルミの食器や先割れスプーンとともに、当時の味を再現した竜田揚げが定番人気メニューとしてラインナップされています。
- 捕鯨拠点の「道の駅」やアンテナショップ:山口県下関市の「道の駅 蛍街道西ノ市」や千葉県南房総市の「道の駅 和田浦WA・O!」などでは、揚げたての鯨カツや竜田揚げをフードコートやテイクアウトで手軽に購入できます。
給食の味を完全再現!懐かしの「鯨の竜田揚げ」「ノルウェー風」黄金レシピ
近年の商業捕鯨再開に伴い、百貨店の鮮肉コーナーや大手通販サイトで冷凍の鯨赤身肉(ニタリクジラやミンククジラなど)が以前より入手しやすくなりました。家庭で当時の給食の味を忠実に再現するためのプロ直伝のポイントを解説します。
1. 失敗しない「鯨の竜田揚げ」の黄金比
鯨肉特有の鉄分を含んだ風味を旨味に変える秘訣は、「生姜の絞り汁」と「下味の漬け込み時間」にあります。
- 材料(2〜3人分):鯨赤身肉 200g、片栗粉 適量、揚げ油
- 漬けダレ黄金比:醤油 大さじ2、酒 大さじ1、みりん 大さじ1/2、おろし生姜(多め) 1片分、おろしニンニク 少々
- 作り方の手順:
- 鯨肉を5〜7mm程度の厚さにスライスし、キッチンペーパーで表面の余分な水分(ドリップ)を完全に拭き取る。
- ジッパー付き保存袋に調味料を合わせ、鯨肉を入れてよく揉み込み、冷蔵庫で20〜30分漬け置く(漬けすぎると肉が締まり硬くなるため注意)。
- 肉を取り出し、余分な汁気を切ってから片栗粉を全体にしっかりまぶす。
- 180℃の高めの油で、片面約1分、裏返して40秒ほど「短時間でサッと」揚げる(揚げすぎは肉質がパサつく最大の原因)。
2. 子どもたちに大人気だった「鯨のノルウェー風」再現ワザ
「鯨のノルウェー風」とは、小さく角切りにして揚げた鯨肉に、ケチャップベースの甘辛い洋風タレを絡め、炒りごまを振った給食の伝説的メニューです。
タレの配合比率は「トマトケチャップ 3 : ウスターソース 2 : 砂糖 1 : 酒 1」を鍋で一煮立ちさせたもの。一口大にカットしてカラッと揚げた鯨肉を熱いうちにこのタレに絡め、最後に白いりごまをたっぷり振りかければ、昭和40〜50年代の学校給食センターの味がそのまま蘇ります。

【専門家考察】鯨肉の優れた栄養価とこれからの食文化継承
かつて安価な代用肉として給食に導入された鯨肉ですが、現代の栄養学的な再評価において、極めて優れた機能性食品であることが実証されています。
鯨の赤身肉は、高たんぱく(100gあたり約24g)でありながら、脂質がわずか0.4g程度と極めて低カロリーです。さらに、体内に吸収されやすい「ヘム鉄」が豊富に含まれており、貧血予防に絶大な効果を発揮します。特筆すべきは、クジラが何千キロもの不眠不休の回遊を可能にする抗疲労成分「バレニン(イミダゾールジペプチドの一種)」が凝縮されている点です。この成分は疲労回復や認知機能の維持を助ける栄養素として、現代のヘルスケア分野でも熱い視線を集めています。
【プロの結論】食育としての鯨肉継承に向き合うべき視点
学校給食の役割は、昭和初期の「飢えをしのぎ栄養を補う救済型」から、平成・令和を経て「地域の伝統、一次産業への感謝、命の尊さを学ぶ体験型」へと質的な進化を遂げました。
鯨肉給食の歴史を振り返ることは、単なる過去のノスタルジーに浸ることではありません。飢餓から日本を救った歴史的事実を知り、国際的な環境議論や食料安全保障の課題を多角的に捉え直すための、極めて価値の高い「生きた食育教材」といえます。
【鯨の唐揚げ 給食 いつまで】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:なぜ「唐揚げ」ではなく「竜田揚げ」や「ノルウェー風」と呼ばれるメニューが多いのですか?
A1:鯨肉は独特の風味と濃い赤身を持つため、小麦粉をまぶす一般的な唐揚げよりも、生姜醤油で下味をつけて片栗粉で揚げる「竜田揚げ」の方が臭みを消しやすく、肉汁を閉じ込めやすかったためです。「ノルウェー風」は、捕鯨大国であったノルウェーの漁師料理をヒントに、子どもが食べやすいよう日本の給食調理員が考案したケチャップ仕立てのオリジナル洋風献立です。
Q2:現在、一般のスーパーで鯨肉を買って家庭で作ることは可能ですか?
A2:可能です。2019年の商業捕鯨再開以降、捕鯨拠点地域(山口、和歌山、千葉、宮城、長崎など)のスーパーでは日常的に赤身や畝須(ウネス)が並んでいます。その他の都市部でも、大型スーパーの鮮魚コーナー、百貨店の地下食品売場、または専門のオンライン通販サイトを利用すれば、高品質な刺身用赤身や加熱用の鯨肉を手軽に取り寄せることができます。
Q3:昔の給食で食べた鯨肉が硬かったのは、肉の部位が悪かったからですか?
A3:部位の影響だけでなく、当時の冷凍・解凍技術と火加減が主な原因です。鯨肉はマグロの赤身と同様に筋肉繊維が緻密で脂質が非常に少ないため、火を通しすぎると一気に水分が抜けて凝固し、硬化してしまいます。現在の適切な温度管理と短時間調理(余熱で中まで火を通す技法)を用いれば、上質な牛ヒレ肉のように非常に柔らかくジューシーに仕上がります。
まとめ:昭和のノスタルジーを超えて受け継がれる鯨肉の価値
給食の定番だった「鯨の唐揚げ(竜田揚げ)」が全国の日常的な献立から姿を消したのは、1980年代前半(昭和50年代末期)のことでした。1982年のIWC商業捕鯨モラトリアム採択とそれに伴う価格高騰、そして国内食肉供給の近代化が重なったことがその決定的な理由です。
しかし、鯨肉は日本の給食史から完全に消え去ったわけではありません。2019年の商業捕鯨再開を経て、下関市や太地町をはじめとする伝統地域では「歴史と命のつながりを学ぶ食育」として今も大切に受け継がれています。高たんぱく・低脂質・抗疲労成分バレニンを豊富に含む鯨肉は、現代においても極めて優れたスーパーフードです。
思い出の味を懐かしむ大人世代も、まだ口にしたことがない若い世代も、専門店や家庭での再現レシピを通じて、日本の豊かな食文化のルーツを改めて五感で味わってみてはいかがでしょうか。 (出典: 鯨の唐揚げ 給食 いつまで(Yahoo!ニュース))