若島津の部屋はどうなった?二所ノ関継承の真相と現在の姿
昭和の大相撲で「南海の黒豹」と称され圧倒的な人気を誇った元大関・若島津(日高六男氏)。元トップアイドル歌手・高田みづえさんとの結婚でも日本中の注目を集め、引退後は師匠として長年にわたり弟子たちの指導に情熱を注いできました。しかし、相撲界の再編や名跡の継承、さらには突然の病魔といった激動を経て、「若島津が率いていたあの部屋は今どうなっているのか?」と疑問を抱く相撲ファンは少なくありません。
結論から明かすと、若島津が育て上げた部屋の土俵・所属力士・スタッフは、愛弟子である元関脇・玉乃島が引き継ぎ、現在は「放駒部屋」として活動しています。一方で、伝統の看板である「二所ノ関」の名跡は第72代横綱・稀勢の里へと継承され、茨城県阿見町に新設された「二所ノ関部屋」へと受け継がれました。本記事では、松ヶ根部屋から二所ノ関、そして放駒部屋へと至る複雑な継承ルートの全貌と、若島津・高田みづえ夫妻の現在の様子を徹底取材・検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:若島津の部屋(旧松ヶ根部屋・旧二所ノ関部屋)の実体は、元関脇・玉乃島が継承して「放駒部屋」として現存している。
- 要点2:大名跡「二所ノ関」は元横綱・稀勢の里へ継承され、茨城県阿見町に全く新しい施設として現在の二所ノ関部屋が開設された。
- 要点3:若島津は2017年の重病から奇跡的な回復を遂げ、2022年1月に定年退職(荒磯参与へ就任)。高田みづえ元女将と共に穏やかな生活を送っている。
【全貌図解】若島津の部屋はどうなった?松ヶ根から放駒部屋への継承ルート
若島津が師匠として歩んだ相撲部屋の歴史は、大きく分けて「松ヶ根部屋時代」「二所ノ関部屋時代」「放駒部屋への継承」という3つのフェーズに分かれます。相撲に詳しくない方にとって「二所ノ関」という看板と「部屋の建物・力士」の動きが入り組んでいるため、まずはその変遷を整理しておきましょう。
若島津は1990年2月、二所ノ関部屋から分家独立する形で千葉県船橋市に「松ヶ根部屋」を創立しました。元アイドル歌手の高田みづえさんが女将として部屋を切り盛りし、家庭的で温かい指導方針のもと、元幕内・若孜や元小結・松鳳山、元幕内・春日錦など多くの関取を育成しました。
転機が訪れたのは2014年12月です。名門である二所ノ関部屋(当時の師匠は元関脇・金剛)が後継者難から閉鎖された後、一門の総帥名跡である「二所ノ関」を若島津が正式に取得。これに伴い、部屋の名称を「松ヶ根部屋」から「二所ノ関部屋」へと改称し、若島津が一門の本家師匠として重責を担うことになりました。
そして2021年12月、若島津の65歳となる定年(2022年1月)を目前に控え、相撲史に残る大規模な名跡・部屋の引き継ぎが行われました。若島津が長年育ててきた所属力士(松鳳山や島津海、一山本ら)、行司、呼出、床山などの人的財産および船橋市の部屋施設は、部屋付き親方であった元関脇・玉乃島(当時の放駒親方)が一括して継承し、部屋名を「放駒部屋」へと改称して再スタートを切ったのです。

なぜ稀勢の里へ?二所ノ関部屋の継承理由と阿見町誕生の真相
ここで多くの人が疑問に思うのが、「現在、茨城県阿見町にある二所ノ関部屋と若島津の関係」です。ニュースや中継で元横綱・稀勢の里が「二所ノ関親方」として大の里らを指導している姿を見て、「若島津の部屋が阿見町に移転したのか?」と誤解されるケースが後を絶ちません。
この名跡継承が行われた背景には、二所ノ関一門の将来を見据えた「伝統名跡の格」と「次代のリーダー育成」という明確な理由がありました。相撲界において「二所ノ関」は出羽海と並ぶ名門一門の総帥名跡であり、その看板を背負う人物には相撲界を牽引する絶対的なカリスマ性と実績が求められます。
当時、田子ノ浦部屋から独立して「荒磯部屋」を立ち上げていた第72代横綱・稀勢の里は、まさに一門待望の若き大看板でした。若島津自身の定年が迫る中、一門の重鎮たちの合意のもとで次のような「トレード形式の継承」が実現したのです。
当時の報道発表および相撲協会資料に基づくと、その引き継ぎ構造は極めて論理的でした。
- 若島津:二所ノ関名跡を元横綱・稀勢の里(荒磯親方)へ譲渡し、自身は「荒磯」を襲名して相撲協会参与へ移行。
- 元横綱・稀勢の里:二所ノ関の名跡を襲名。自身が率いていた阿見町の荒磯部屋を「二所ノ関部屋」へと改称(実質的な新・総帥部屋の誕生)。
- 元関脇・玉乃島:名跡「放駒」のまま若島津の部屋(弟子・施設)を丸ごと引き継ぎ、新「放駒部屋」の師匠に就任。
つまり、「若島津の弟子たちの直系=放駒部屋」であり、「二所ノ関という名跡の正統後継者=元稀勢の里の二所ノ関部屋(茨城県阿見町)」という形で綺麗にバトンが渡されたのが真相です。
【データ比較】旧若島津グループと新二所ノ関部屋の変遷一覧
複雑な部屋の系譜と現在の状況を理解しやすくするため、編集部で客観的データと事実関係を比較表にまとめました。
| 項目 | 旧・若島津の部屋(現・放駒部屋) | 現・二所ノ関部屋(茨城県阿見町) | 編集部の解説・評価 |
|---|---|---|---|
| 現在の師匠 | 第18代 放駒(元関脇・玉乃島) | 第13代 二所ノ関(第72代横綱・稀勢の里) | 若島津の愛弟子が現場を継ぎ、看板は横綱へ託された。 |
| 部屋のルーツ | 松ヶ根部屋(1990年創立)→ 旧二所ノ関部屋 | 荒磯部屋(2021年創立)からの改称 | 若島津が育てた土俵のDNAは放駒部屋に完全移行。 |
| 主な歴代所属力士 | 松鳳山、若孜、春日錦、島津海、一山本など | 大の里、高安(田子ノ浦時代からの系譜)、友風など | 放駒部屋には若島津時代に入門した関取が多数在籍。 |
| 本拠地所在地 | 千葉県船橋市 → 東京都足立区/千葉県内 | 茨城県稲敷郡阿見町 | 阿見町の部屋は広大な敷地に新設された最新鋭施設。 |
| 女将さんの体制 | 放駒親方夫人へ交代(高田みづえさんは勇退) | 二所ノ関親方夫人 | みづえさんは30年以上に及ぶ女将業を立派に全うした。 |

若島津(元大関)の現在と病気からの復帰劇|倒れたあの日から今日まで
若島津を語る上で欠かせないのが、2017年に突如として襲った命の危機と、そこからの奇跡的な生還劇です。
2017年10月19日夕刻、当時二所ノ関親方だった若島津は、千葉県船橋市の路上で自転車から転倒しているところを発見されました。頭部を強打しており、搬送先の病院で「急性硬膜外血腫」と診断され、緊急開頭手術が実施されました。一時は意識不明の重体に陥り、人工呼吸器を装着するなど予断を許さない緊迫した状況が数週間にわたって続いたのです。
当時、多くのファンや角界関係者が息を呑んで回復を祈る中、懸命な治療と本人の強靭な生命力、そして何より妻である高田みづえさんの昼夜を問わぬ献身的な看護によって意識を回復。その後は過酷なリハビリテーションに励み、言葉のトレーニングや歩行訓練を重ねました。
驚くべきことに、若島津は事故から約1年半後の2019年には相撲協会の職務に部分復帰を果たし、本場所の役員室に姿を見せるまでに回復しました。公の場で見せた穏やかな笑顔には、生死の境を乗り越えた人間ならではの深みと温かさがありました。
2022年1月に65歳の定年を迎えた後は、名跡を元稀勢の里に譲って「荒磯」を襲名し、相撲協会の再雇用制度を利用して参与として協会をサポート。大手術の後遺症に配慮しながらも、無理のないペースで角界の発展を見守り、穏やかな隠居生活・リハビリ生活を続けています。
高田みづえ元女将の現在|30年以上の部屋支えと引退後の素顔
若島津の相撲人生を陰で、そして時に太陽のように明るく照らし続けたのが、元アイドル歌手の女将・高田みづえさんです。
1985年の結婚・芸能界引退当時、トップアイドルが大相撲の女将さんになるという決断は世間を大いに驚かせました。「世間知らずのアイドルに過酷な相撲部屋の切り盛りが務まるのか」という一部の懐疑的な声をよそに、みづえさんは弟子たちと同じ目線に立ち、朝早くから大量の食事作りや健康管理、若い力士たちの悩み相談に奔走しました。
元弟子たちがテレビ特番やインタビューで一様に「女将さんは本当の母親以上の存在だった」「どんなに叱られて落ち込んでも、女将さんの明るい笑顔に救われた」と証言している通り、その人徳と包容力は角界でも屈指と称えられました。2017年に夫が倒れた際も、取り乱すことなく気丈にメディア対応を行い、病床に付き添い続けた姿は多くの人々の胸を打ちました。
2021年末の部屋継承に伴い、みづえさんは30年以上にわたって務め上げた「女将」の座を後進に譲り、正式に勇退しました。現在はメディアへの露出を控え、夫である日高六男氏の健康管理を第一に考えながら、夫婦水入らずの静かで幸福な時間を過ごしています。時折、相撲関係者の結婚式や記念式典などで見せる変わらぬ若々しい笑顔は、ファンを安心させています。

一般に知られていない盲点とネットの誤解
インターネット上やSNSでは、若島津の部屋に関して今なおいくつかの誤解や事実誤認が見受けられます。ここで明確に真相を整理しておきます。
誤解1:「若島津の部屋は解散・消滅してしまった?」
これは完全な誤解です。前述の通り、部屋の所属力士や床山・呼出といったスタッフは全員、元関脇・玉乃島が師匠を務める「放駒部屋」にそのまま引き継がれています。島津海などの関取が現在も幕内・十両で活躍しており、若島津が蒔いた種は現在も確実に土俵の上で花を咲かせています。
誤解2:「稀勢の里が若島津の弟子を全員引き抜いた?」
稀勢の里が二所ノ関部屋を継承したというニュースの見出しだけを見た一部のユーザーが、「弟子も全員阿見町に移籍したのか」と勘違いすることがあります。しかし実際には、名跡の引き継ぎと部屋(弟子)の引き継ぎが明確に分かれて行われたため、稀勢の里は自身が荒磯部屋時代から育てていた弟子たちと共に阿見町で指導を継続しています。
誤解3:「病気で倒れた後、一度も復帰できずに引退した?」
事故直後の重篤な報道からこのような印象を持っている人もいますが、若島津は見事に現場復帰を果たし、定年退職の日までしっかりと師匠・親方としての責任を果たし切ってから勇退しました。
【実態検証】相撲ファンの生の声と現場目線で見えたリアル
SNSや相撲コミュニティ、専門誌の読者投稿欄を分析すると、若島津の部屋継承に関するファンの受け止め方は極めて温かく、かつ納得感に満ちたものであることが分かります。
長年の大相撲ファンからは、次のような声が多く寄せられています。
- 「松ヶ根時代から応援してきた力士たちが、玉乃島関(放駒親方)のもとでバラバラにならずにまとまってくれたのが本当に嬉しい。」
- 「稀勢の里が大名跡を継ぎ、放駒親方が若島津さんの実質的な部屋を守るという形は、一門にとっても弟子たちにとっても最高の着地点だったと思う。」
- 「高田みづえさんは本当に歴代最高の女将さんの一人。若島津さんの看病も含めて、最後まで立派にやり遂げた姿に心から拍手を送りたい。」
相撲界の部屋継承では、時に遺産相続や名跡の売買を巡って軋轢が生じることも少なくありません。しかし若島津のケースでは、師匠の健康状態と定年のタイミング、一門の将来構想が極めて円滑にすり合わされ、誰一人として取り残されない理想的なバトンタッチが行われたと現場記者からも高く評価されています。
【プロの結論】伝統組織の事業承継から見出すべき教訓
若島津の部屋の継承劇は、単なる相撲界の話題にとどまらず、一般社会における「事業承継」や「看板と実体の分離」の極めて優れた成功モデルとして分析することができます。
伝統ある組織において、創業者の「カリスマ性」や「大名跡(ブランド看板)」と、現場の「人・施設・実務」を同一の後継者に無理に一括承継させようとすると、キャパシティを超えて組織が崩壊するリスクが生じます。若島津は、自身の健康と定年を見据え、『大看板(二所ノ関)は影響力のある次世代スター(稀勢の里)へ』『現場の家族(弟子たち)は最も身近で信頼できる愛弟子(玉乃島)へ』という見事な二刀流の承継を行いました。これこそが、伝統を未来へ繋ぐための最も合理的で愛情深い決断だったと言えます。
【若島津 の部屋は どう なった】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:若島津が創設した「松ヶ根部屋」は現在どの部屋になっていますか?
A1:1990年に創立された松ヶ根部屋は、2014年に「二所ノ関部屋」への改称を経て、2021年12月より元関脇・玉乃島が師匠を務める「放駒部屋」として存続・活動しています。
Q2:茨城県阿見町にある「二所ノ関部屋」とはどのような関係ですか?
A2:阿見町の二所ノ関部屋は、元横綱・稀勢の里(旧荒磯部屋)が「二所ノ関」の名跡を若島津から継承して看板を改称した部屋です。建物や所属力士の系統は若島津の部屋とは別組織ですが、同じ二所ノ関一門の総帥部屋という関係にあります。
Q3:若島津(日高六男氏)の現在の健康状態や相撲協会での役職は?
A3:2017年の重傷から奇跡的に回復し、2022年1月の定年後は「荒磯」の名跡で相撲協会参与を務めました。現在は体調を最優先に考慮しながら、穏やかな生活を送っています。
Q4:元アイドル歌手の高田みづえさんは今も女将業を続けていますか?
A4:2021年末の放駒部屋への継承に伴い、30年以上にわたる女将業を勇退しました。現在は表舞台を退き、夫の健康を支える専業主婦として平穏に暮らしています。
Q5:若島津が育てた力士で、現在も活躍している関取は誰ですか?
A5:松鳳山(引退)をはじめ、島津海や一山本など、若島津時代に入門・育成された力士たちが放駒部屋所属として本場所の土俵を沸かせています。
まとめ:南海の黒豹が遺した確かなDNAとそれぞれの道
昭和の大関・若島津が一代で築き上げた相撲部屋の足跡を振り返ると、そこには名門復活への情熱と、弟子たちへの深い家族愛が詰まっていました。
「若島津の部屋はどうなったのか」という問いの答えは、看板は元横綱・稀勢の里の「二所ノ関部屋」へと受け継がれて新時代を切り拓き、魂と弟子たちは元玉乃島の「放駒部屋」へと受け継がれて力強く息づいている、というのが完全な結論です。
生死をさまよう大病を乗り越えた若島津と、彼を献身的に支え続けた高田みづえさん。二人が角界に遺した温かな功績は、形を変えて今も土俵の上で燦然と輝き続けています。 (出典: 若島津 の部屋は どう なった(Yahoo!ニュース))